別にいいのでは?大学生から小学生まで 「ネットでコピペ病」蔓延

実際の事は知りませんが、ネットでコピペ(コピー&ペーストの略)と言えば、大学生のレポートが話題だそうです。

インターネットの発達は、勉強の手抜き方法まで変えたようです。

それは、金持ちのやっている事が、庶民に広がるように、大学生のやっている事が、小学生まで広がっているようです。

小学生の読書感想文にも、コピペが広がりつつあるそうです。

今の小学生は、なんてまじめなのでしょうか。

たとえ、コピペしても宿題を片付けるなんて・・・

私など、出来ない宿題は、すぐにあきらめてやりませんでした。

ところで、この元記事には、感想が書けるようになっています。

さーっと、読んでみると、このコピぺに対して否定的な意見が目立つような気がします。

しかし、私は、別にいいのでは?って思います。

もし、読書感想文に、コピペをさせないのであれば、授業時間に書かせればいいだけです。

そもそも、独創的な発想は、真似から始まるのでは?

学校の勉強は、発明や発見ではありません。

誰かが考えたものを、理解する事です。

理解するには、暗記も必要です。

そこから、新しい考えが生まれます。

ところで、テレビを見ていると、インタビューに答える場面があります。

ま~、見ていると、だいたい予想通りの意見です。

でも、実際は、皆がその様な意見なのでしょうか?

中には、とんでもない意見もあるはずです。

でも、放送されるのは、無難な意見です。

このように、沢山の答えがあるような場合でも、正解の答えがあるようです。

どんな意見があってもいいはずなのに・・・

今回の読書感想文も、同じではないでしょうか?

人それぞれ、いろいろな意見があるはずです。

でも、実際、コンクールなどで賞をもらうようなものには、ある程度の法則があると思います。

では、その様なものが、何も無いところから生まれるでしょうか?

やはり、いろいろな文章に触れなければ、生まれないと思います。

それに、今の勉強は理解することより、テクニックばかりの効率重視の方法では、コピペが蔓延するのは仕方ないと思います。

私は、コピペが害ばかりではないと思います。

コピペする事によって、より多くの人が求める、答えに触れる事が出来ると思います。

また、楽する為にコピペだとは言え、どれでも良いってことは無いと思います。

コピペする人間も、まったく同じではまずいので、ところどころを変えたりすると思います。

つまり、新しいものを発想する勉強になります。

また、数ある情報の中から、適切なものを選ぶ作業をしている事にもなります。

人々が求めるものを、予想する力がつきます。

それに、時代によって、求められる能力も違います。

私は、趣味でコンピュータのプログラムをつくります。

昔は、全部一から作っていました。

しかし、最近は他人が作ったプログラムを、自分のプログラムの中で使います。

これは、パクリでもなく、当たり前の事です。

プログラムは、どれもある程度同じような機能があります。

それを、皆が一から作るのは面倒なので、モジュールと言う部品として公開されています。

公開する事によって、いろいろな意見が取り入れられ、更なるいいものになります。

このように、他人の意見をつなぎ合わせて、新たな意見を作り出す能力も必要になるかも?

さて、コピペしなければいいのでしょうか?

私は、一時期、本ばかり読んでいました。

その中で、特に興味を持ったのが、自己啓発の本です。

この手の本ですが、どれも内容は同じです。

そして、参考資料として引用されている本を見てみると、実は数冊に絞られます。

で、その作者は、実際に参考にした本を実践したかと言うと、怪しいです。

つまり、机上の空論で書かれた本が、実に多い事・・・

中には、そのことが暴露された本もあります。

これなど、内容のコピペと言えるのではないでしょうか?

もし、人々が実際に検証すれば、もっといろいろな意見があるはずです。

しかし、何か有名な賞などをもらうと、盲目的に人は信じます。

さて、最後に、内容を検証せずにする引用も、文章のコピペも、楽する点で見れば五十歩百歩ではないでしょうか?

そもそも、レポートや読書感想文を出す方に問題があるのでは?

今までやってきたからと言う理由かどうか分かりませんが、同じ事を、いつまでも繰り返して・・・

だから、生徒も楽する方法を考えるのです。

せめて、書かせた内容について、聞いてみるぐらいの努力をしたらどうですか?

今の教育に、なにも疑いを持たない先生たちよ。

大学生から小学生まで 「ネットでコピペ病」蔓延

ネットでコピペ(コピー&ペーストの略)と言えば、大学生のレポートが話題になっている。ところが、なんと小学生の読書感想文にまでコピペが広がりつつあるというのだ。はたして、防ぎ手があるのか。

■「読書感想文をさっさと片付けて」というコピペサイト

「自由に使える読書感想文~読書感想文をさっさと片付けて、夏休みをエンジョイしよう!! 」

キーワードでネット検索すると、こんな衝撃的なサイトが出てくる。このサイトでは、小中学生を対象に「パクリ・コピペOK」という感想文の見本がズラリと並ぶ。例えば、太宰治の小説「走れメロス」については、原稿用紙3~5枚の「オリジナル文」が。いずれも「わたしには親友という言葉で呼ぶにふさわしい友人がいました…」と書き出し、借金を被った親友の父親を引き合いに出して、小説の言う、人を信じることとは何かを自問するなどしている。

サイトでは、ばれても責任は負わないという。同様なサイトは、いくつか見つかった。しかし、こんなサイトを利用する小中学生は、本当にいるのか。

日本経済新聞の2008年7月11日付夕刊記事によると、07年秋の読書感想文全国コンクールで、小学校高学年の児童によるコピペが発覚した。どのサイトか書かれていないが、あるホームページ掲載の他人の感想文と酷似していることに審査員が気づいたのだという。これが事実なら、コピペは今や小学生にも拡大しているということらしい。

さらに、日経の記事では、大学生では常態化しているとの指摘を挙げている。

それを裏付ける調査結果などはないようだが、ひどい例も見つかった。小樽商科大の江頭進教授は、J-CASTニュースの取材に対し、2003年1月にイラク戦争のレポートを提出してもらったところ、受講者260人余の4割もネットからのコピペが見つかったというのだ。

「ところどころ文体が違ううえ、学生にしては文章がうま過ぎました。そこで、学生たちに確かめてみたら、複数のサイトからのコピペが分かったんです」

日経の記事では、東日本のある国立大医学部で08年5月上旬、学生約100人のレポートの半数以上に盗用が疑われたと報じている。

■「大事なのは、学生への教育」

モラル低下が指摘される中で、コピペ発見ソフトの開発者も現れた。

金沢工大知的財産科学研究センター長の杉光一成教授は、このソフトを開発中で、2008年2月に特許を申請した。学生のレポートを翻訳ソフトの技術で文節や単語に分解し、ネット検索で類似した文章があれば、そのURLを表示する仕組みだ。ソフトでは、学生間のコピペも検出できるという。ソフトウエア会社から09年中に市販する予定。06年に学生2人のレポートがブログからのコピペと分かり、それを防ごうと開発を思いついた。

「教育現場では、困っていると言いづらかったので、ニーズが顕在化していませんでした。しかし、2ちゃんねるで、ソフト開発に対し『日本全体の学生を敵に回した』とスレッドが次々に立ったように、それだけコピペが蔓延しているということです」

発見ソフトでは、米国最大手のアイパラダイムス社が開発した「turn it in」が、08年秋にも日本語サービスを始めるとも報じられている。

蔓延するコピペに、発見ソフトは決定打になるのか。

杉光教授は、「少なくとも安直にコピーする人がいなくなるのでは。それだけでも進歩」と話す。ただ、「大事なのは、学生への教育」という。

前出の江頭教授は、コピペ発覚からレポートを止め、研究発表や討論、試験などに切り替えた。また、学生を図書館に連れて行って、参考資料の調べ方などを教えたという。「学生も自分で考えるようになり、卒論を書く研究手法を確立できるようになりました」。

発見ソフトは、「使わないかもしれません」としながらも、「学生を教育する一つの方法だと思います」と理解を示す。

金沢工大の杉光教授は、「専門家ならソフトがなくても見破るべきというのは、見当外れ。他人の言葉を持ってくることを正当化できるわけもなく、コピペは悪いと教え、自分で考えるように指導することも必要でしょう」と話している。

大学生から小学生まで 「ネットでコピペ病」蔓延(J-CASTニュース) – Yahoo!ニュース

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コメント

  1. コマメ より:

    お久しぶりです。
    コメントありがとうございます。

    >学習雑誌に載っていた最優秀作品をパクりました。

    その様な努力があるから、今のようなすばらしい文章が書けるのですね。
    たまに、ブログをのぞかせていただいています。
    予想以上の内容の深さに、同じブログを書いている者として、いつも感心しています。

    参考データを使いつつ、論理的に文章を書かれているので、かる~い気持ちでコメントを書こうと思ったのですが躊躇して書けません。(論破するほどの、知識も文章力も無い為)

    学生時代を振り返ると、読書感想文を3行以上書いたことがありませんでした。
    その内容も、本が分厚かったや持って帰るのが重かったなど、すべて本の内容以外のことを書いていました。
    なぜなら、感想文は、自分の心をさらけ出す行為だからです。
    今でこそ、ブログで私の考えている事を、つたない文章で書いておりますが、あの頃は自分の内面を知られるのが、とても恥ずかしくて仕方ありませんでした。
    関係ありませんが、カラオケも自分の内面を見透かされるような感じがして嫌いです。

    >学校代表として市の選考会に提出されてしまいました。

    やはり、すばらしい文章を見極める力があったからこその結果だと思います。

    ところで、私は最近小説を読んだりしています。

    今までは、本と言えば実用書ばかりでした。
    小説など、時間の無駄だと考えていました。
    しかし、このようにブログを書くようになって、改めて自分の文章力が無い事に気付きました。

    努力はしているのですが、見ての通り結果が出ておりません。
    でも、すばらしいと思える文章を見つける力は付いてきたと思います。
    いったい自分はどのようなスタイルの文章を書けばいいのか常に悩みます。

    おっと、こんな時間か。
    明日も仕事がありますので、今回はこの辺で終わります。

  2. タカダマサキ より:

    ご無沙汰してます。

    僕が中学生のときも、読書感想文をコピペしましたよ。
    学習雑誌に載っていた最優秀作品をパクりました。

    やはり、完全コピーするとバレちゃうから、改悪して劣化させたものを提出しました。

    ところが、さすがは最優秀作品。学校代表として市の選考会に提出されてしまいました。
    「全国大会まで行ったら絶対ばれちゃうよう、どうしよう」とヒヤヒヤしましたが、
    市の選考会はパスしなかったのでホッとしました。

    文章を書くのは昔からキライじゃないんですけど、めんどくさがりなので。
    宿題も友達と分担して写しあったりしてましたので、まあ今も昔もそれほど変わらないんじゃないかなあ、なんて思いますね。