当たり前の事だろ?ウィニー開発者の無罪確定へ=ほう助罪の成立認めず―検察側の上告棄却・最高裁

winnyの開発者の無罪が確定したようです。

当たり前だろ~

もし、これが罪になるなら・・・

包丁をつくって、それが犯罪に使われたら、包丁を作った人が逮捕されるのか?って聞きたい。

ま~、そんな多くの意見を反映してかどうか知りませんが、この件は無罪になるようです。

でも、こんなことで逮捕された、ウィニーの開発者はたまったもんじゃないでしょうね~

ちゃんと保障はされるのでしょうか?

気になるところです。

さて、ウィニーですが、私も使ったことがあります。

そのウィニーで、初めてパソコンがウイルスに感染しました。

それ以来、ウィニーはやっていないな~

こんなことを書くと、ウィニーがとても危ないもののように思うかもしれません。

しかし、ウィニーの技術じたい今では普通です。

そのため、いろいろな所で使われているようです。

ウィニーは、危ないものではありません。

問題は、ウィニーの使われかたです。

ところで、なぜ私はウイルスに感染したか?

けっして、ウィニーが原因ではありません。

あるとき、ウィニーで適当にファイルを選んで落としていました。

すると、明らかにウイルスと思われるファイルがありました。

それをクリックしてしまいました。

もしかして、私ってばか?

実は、それまでにも同じような事は何度かありました。

そのたびに、そのファイルをクリックすると、セキュリティーソフトが働いて問題ありませんでした。

今回も、ウイルスと思ったのですが、

「どうせ、ノートン先生が何とかしてくれるだろ~」

ってことで、クリックしちゃいました。

ちなみに、ノートン先生とは、ノートンのセキュリティソフトの事です。

ところが、その時クリックしたウイルスは新種だったようです。

そのため、セキュリティソフトが働くことなく、ウイルスに感染してしまいました。

あちゃーーーー

セキュリティーソフトは、新種が見つかってから、それに対する対応がされます。

だから私のように新種の場合、セキュリティーソフトは何の役にも立ちません。

ウイルスに感染したのは、それが初めてだったので不安になり、パソコンを初期化しました。

とてもいい経験をしました。

さて、ウィニーですが、ファイルを選んで落ちるまで時間がかかります。

場合によったら、希望のファイルが手に入らないこともあります。

気の短い私には向いていません。

そのままパソコンを放置すればいいのですが、貧乏な私は電気代が気になり放置できませんでした。

だって、ノートパソコンのファンが唸りをあげていたも~ん。

そういえば、ウィニーといえば、一時期ニュースで騒がれました。

どんなニュースかというと、重要ファイルの流出です。

原因の一つに、ウィニーのソフトが古かったことがあります。

なぜ、古かったか?

それは、今回の裁判にあります。

逮捕されて、ウィニーの更新ができませんでした。

もし、あの時にウィニーの更新をしていたら、のちの流出は防げたかもしれません。

今も、ウィニーを利用している人はいるようです。

今回無罪になったようですが、この開発者はどうするのでしょうかね~

またウィニーの開発を再開するのでしょうか?

きになるところです。

ウィニー開発者の無罪確定へ=ほう助罪の成立認めず―検察側の上告棄却・最高裁

 ファイル交換ソフト「ウィニー」を開発、公開し、違法コピーを容易にしたとして、著作権法違反ほう助罪に問われた元東大助手金子勇被告(41)の上告審で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は19日付で、「多数の者が著作権侵害に利用する可能性が高いと認識していたとはいえない」として、検察側上告を棄却する決定をした。一審の有罪判決を破棄し、ほう助罪成立を認めず逆転無罪とした二審判決が確定する。
 一審京都地裁は、「著作権侵害をしても安全なソフトとして広く利用されていることを知りながら、不特定多数に入手可能にした」として、罰金刑を言い渡した。一方、二審大阪高裁は、「悪用される可能性を認識していたが、侵害のために使うよう勧めて提供はしていない」と無罪を言い渡していた。 

ウィニー開発者の無罪確定へ=ほう助罪の成立認めず―検察側の上告棄却・最高裁 (時事通信) – Yahoo!ニュース.

XPでいいや!なんて思っていたけど、やっぱりWindows 7の方がいいかも?

新しいパソコンを買って、もう1ケ月以上たちました。

「う~ん、快適」

やっぱり、新しいパソコンはいいです。

ま~、新しくなくても、前のパソコンに比べれば、どんなパソコンでも快適でしょう。

なんせ、前のパソコンは、10年前に買ったものですから。

10年で、技術進歩すごいですし~

それに、OSの肥大化もすごいぞ~

前のパソコンは、ハードディスクが30ギガでした。

「30ギガ?いったい何につかうんだ~」

なんて、パソコンを買ったときは思っていたのですが、アップデイトするたびに、その貴重なハードディスクをOSが占領するようになってきました。

まるで、OSのためのハードディスクのようでした。

そのOSですが、XPでした。

XPの次のOSは、Windows7ですか?

お~そういえば、なんかあったような・・・

世間的には、いなかった子とされているOSがあったな~

さて、新しいパソコンを買う時に悩みました。

なぜなら、来年にも次のOSが出るからです。

でも、先ほども書きましたが、前のパソコンは10年前に購入。

普段の作業にも支障をきたします。

そこで、仕方なく新しいパソコンを買いました。

そして、そのパソコンに入っているOSがWindows7でした。

使ってみた感想ですが・・・

「以外にいいかも?」

使う前までは、XP命でした。

Windows7は、XPよりもプログラム的に大きいです。

別に、XPでも十分な機能を持っています。

これといった不満もありません。

それなのに、訳の分からない機能を追加して、ハードディスクを占領するWindows7なんていらね~なんて考えていました。

掲示板などで、Windows7を使っている人の感想を見ました。

すると、「7をつかったら、XPにもどれない」なんて書き込みを見ました。

「けっ、なにいってんだ~」

なんて思っていたのですが、今ならわかるような気がします。

とはいえ、戻れないほどの違いはありませんが、微妙な違いはあります。

その違いは、かゆいところに手が届く程度です。

まず、その一つが、タスクバーの順序が入れ替えられる。

タスクバーとは、画面の下に表示されているバーです。

タスクバーには、現在開いているウインドウの一覧が表示されています。

別のウインドウに切り替えるときに、タスクバーの別のウインドウのをクリックすれば、別のウインドウが前面に現れます。

この順序が入れ替えられる。

なんか便利~

これに慣れたいま、なぜ今まで入れ替えられなかったのかが不思議なくらいです。

私はたくさんのウインドウを開きます。

そして、ウインドウを切り替えて作業します。

しかし、同じ頻度でウインドウを見るわけではありません。

そこで、あまり使わないウインドウは左に移動させます。

だから、よく使う順に、右から並びます。

ま~、別にこの機能が無くても、あまり使わない順にウインドウを開けば、左から右へよく使う順にならびますが・・・

次に、フォルダーにファイルを移動する時です。

もし、移動先に同じファイル名があったとします。

すると、同じファイル名があると警告が出ます。

今までは警告がでた場合、移動をやめるか、ファイル名を変えて移動していました。

しかし、windows7は、ファイル名がダブった時にリネームしてくれる機能があります。

今のところ、これくらいです。

この程度で快適に動いているXPを、windows7に変えることを薦めるかというと微妙ですけどね~

 

 

 

 

 

 

実は、あの人より偉大?C言語およびUNIXの父、デニス・リッチー死去 ― 享年70歳

デニス・リッチーが、先週亡くなっていたそうです。

享年70歳だそうです。

実に残念です。

goodbye, world ですね~

そういえば、最近、アップルのスティーブ・ジョブズが死んじゃいました。

そして、大きな話題になりました。

デニス・リッチーの場合どうでしょう?

あんまり大きなニュースになっていないような・・・

社会に与えた影響からいえば、スティーブ・ジョブズに負けず劣らず、いや、それ以上に偉大だとおもいます。

ところで、デニス・リッチーってだれ?

デニス・リッチーは、C言語およびUNIXの父なんていわれているようです。

私にとっては、UNIXよりC言語の方がイメージ的に強いです。

C言語とは、プログラミング言語の事です。

私は、趣味でプログラムを作りますが、初めて覚えたプログラミング言語が、C言語でした。

だから、そのC言語を生み出したデニス・リッチーの死を聞いて、感慨深いものがあります。

ちなみに、C言語のプログラムの本で最初に練習するのが、ある言葉を表示されることです。

その言葉が、hello, world です。

改めて、デニス・リッチーについて、ちょこっと調べてみました。

デニス・リッチー(Dennis MacAlistair Ritchie, 1941年9月9日 – 2011年10月8日[1])は、アメリカ合衆国のコンピュータ技術者。C言語の開発者として知られる。

UNIX(オペレーティングシステム)のオリジナルの開発者の一人であると共に、UNIXの記述言語として、ブライアン・カーニハンと共にC言語の開発に関わった。K&RのR。C言語の原型はケン・トンプソンのB言語であり、リッチーはこれにデータ型と新しい文法を追加しC言語が出来上がった。

現在、C言語はハンドヘルド型コンピュータからスーパーコンピュータまであらゆるタイプのプラットフォーム上で用いられており、リッチーの業績は非常に大きい。

晩年は、引き続きベル研究所にて、1995年に発表されたオープンソース版の分散システム用オペレーティングシステムであるPlan 9や、1996年に公表された分散システム用オペレーティングシステムのInfernoとその言語Limboの開発に携わった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC

どうです、デニス・リッチーの偉大さがわかっていただけました?

「えっ!わかんない?だってプログラムなんてつくらないし~」

そんなことを言っていたら、頭ぽんぽんの刑ですよ~

まず、C言語です。

プログラミング言語はいろいろあります。

もちろんC言語以前にも、プログラミング言語はありました。

しか~し、C言語以降は、どのプログラミング言語も、C言語の影響をうけています。

どれくらい似ているかって?

私程度の実力なら、どのプログラミング言語も、ほとんど一緒に見えます。

だから、ちょっと違うところを覚えるだけで、ほかのプログラミング言語が使えます。

とはいえ、実際は、プログラムの書き方ってところで、かなり苦労するのですが・・・・

なんか説明むずかしいな~

興味ない人に、あんまり詳しく書いてもなんですし~

次に、UNIXです。

UNIXとは、OSのことです。

早い話、Windowsの仲間です。

今では、一般の人にとっては、Windowsの方が有名ですが、WindowsもUNIXの影響をかなり受けているとおもいます。

なぜなら・・・長くなりそうなのでやめ!

そういえば、本当かどうか知りませんが、Windowsを作っているのは、マイクロソフトですが、そのマイクロソフトでもUNIXを使っているとか?

つまり、自分ところの商品を使わずに、別の会社の商品を使っているってことです。

なんか笑えますが、見栄より、効率を優先しているのなら好感がもてます。

それでも、windows serverは屑ってことでしょうか?

C言語もUNIXの説明も、なんか、ぐだんぐだんになってしまいましたが・・・

興味のない人にとったら、本当につまらない話なので、何を書こうかと思って書いたら、こんなのになってしましました。

私としては、もっとマニアックに書きたかったのですが、世の中には、もっとマニアックな人がたくさんいるので、他の人に任せます。

さて、デニス・リッチーは、70歳で亡くなったようですが、長生きなんでしょうか?

スティーブ・ジョブズに比べたら長生きですが、日本では、年金の支給年齢を70歳に引き上がることを検討するとか。

その70歳で死んじゃったら、日本では年金をもらえないよ~

頑張って生きなきゃ~

ま~、こんな日本に生まれてりゃ~、逆に長生きしたくないかもね~

C言語およびUNIXの父、デニス・リッチー死去 ― 享年70歳

UNIXの父であり周囲の尊敬を集めたコンピュータサイエンティストのデニス・リッチーが、しばらくの闘病を経て先週亡くなっていたことがわかった。享年70歳だった。

リッチー(dmrと呼ばれることもある)は、プログラミング言語のひとつであるC言語を生み出したこと、そしてケン・トンプソンとともにUNIXを創りだしたことで世界中にその名を知られている。リッチーはキャリアのほとんどをベル研究所で過ごした。彼が加わった1967年当時はアメリカで最も巨大な電話回線提供社であり、かつ最も有名な研究所のひとつを運営する大企業であった。

60年代後半にトンプソン(彼はCの前進であるB言語を生み出した)とベルで働いているとき、訪れようとしていたミニコンピュータ時代をにらみ、より効率的なオペレーティングシステムを開発しようと思い立った。二人を中心としたこの作業は、1971年のUNIXへと繋がっていった(DEC PDP-11の上で動作した)

UNIXは安価で、かつさまざまなマシンを動作対象として想定してはいた。いったん動作させることができれば、その上にさまざまなソフトウェアシステムを載せることができるようになっていた。しかしOSがマシン語(アセンブリ言語)で記述されていたため、移植性も低く、またメモリの取り扱いにも苦労することとなった。

そこでリッチーとトンプソンは、C言語のシンタックスを発展させつつ機能を増やし、ついにはOSを記述できるところまでに性能をあげていった。そして1973年までにはついに、UNIXをCで書き換えてしまったのだ。カーネル部分は同年中に公開された。

今日、C言語は依然として2番目にポピュラーな言語として世界中で使われている(ないし、これまでに記述されたコード量としては第2位につけている)。そしてC++やJavaにさまざまな考え方が引き継がれていった。またUNIXについての二人の仕事は、たとえばLinux TorvaldsのLinuxなどにも引き継がれていった。このUNIXの仕事だけでも、リッチーは現代でもっとも重要なエンジニアのひとりとして位置づけられるべきだろう。

実際、UNIX関連の仕事により1983年にはケン・トンプソンとともに、チューリング賞を受賞している。また1998年には当時の大統領であるビル・クリントンからアメリカ国家技術賞を受け取っている。

C言語およびUNIXの父、デニス・リッチー死去 ― 享年70歳 (TechCrunch Japan) – Yahoo!ニュース.