ウミウシ見たい?銀閣 極彩色 京の研究者ら 創建時の姿、模型に

銀閣寺の、創建時の様子を再現した模型が寄贈されたようです。

どんなの?

これです。

なんかよくわかりません。

他の人は、これを見て

「ウミウシみたい」

って表現している感想を見ました。

「お~、うまい事いうな~」

って思ったので、ウミウシの画像を載せようとおもったのですが・・・

ウミウシもいろいろいるんですね~

色も、青、緑、赤、オレンジと一概に、これがウミウシと言えません。

改めて、銀閣寺の画像をみると・・・

青、緑、赤、オレンジだ!

やっぱり、ウミウシかもしれません。

さて、初めて銀閣寺を見た感想ですが・・・

「銀色じゃない」

ではないでしょうか?

銀閣寺のコンビ扱いの金閣寺は、金色です。

だから、銀閣寺は銀色だと思ってみてみると、黒っぽくて残念な思い出があります。

本当は、銀色にするつもりだったが、予算の都合で今のようになったってのを聞いたことがあります。

しらべてみると、他にもいろいろあるようです。

金閣と通称される鹿苑寺舎利殿には金箔が貼り付けられているのに対し、銀閣と通称される慈照寺観音殿には外壁に黒漆は塗られているが銀箔は使用されていない。「当初は名前のとおり銀箔を貼る予定だったが、幕府の財政事情のためにできなかった」という説や、「銀箔を貼る予定であったが、その前に義政が他界してしまった」という説、「外壁の漆が日光の加減で銀色に輝いて見えたから」という説がある。また、「当初は銀で覆われていたが、剥がれ落ちてしまった」という説もあったが、2007年(平成19年)1月5日に行われた科学的調査によって創建当時から銀箔が貼られていなかったことが明らかになっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%88%E7%85%A7%E5%AF%BA

さて、銀閣寺って呼んでますが、慈照寺(じしょうじ)って名前が本名なのでしょうか?

そういえば、金閣寺も、鹿苑寺(ろくおんじ)が本名?

でも、やっぱり、金閣寺、銀閣寺の方が親しみがわきますね~

さて、大人になって京都に行ったことがあります。

改めて有名なお寺を見るために。

でも、ほとんど見ることができませんでした。

というより、途中であきらめました。

なぜなら、お寺が離れているので、時間もかかるしお金もかかる。

さらに、寺を見るのにお金がかかる。

お寺をみても

「ふ~ん」

って感じでこれと言った感想もありません。

それなら、京都でうまいもんめぐりした方がいいかも?

ってことで、目的変更。

そんな思い出があります。

銀閣 極彩色 京の研究者ら 創建時の姿、模型に

京都市左京区の慈照寺(銀閣寺)の国宝・観音殿(銀閣)創建時の様子を初めて再現した模型を、京都の建築研究者らでつくる建築研究協会(同区)が作製し、7日、同寺に寄贈した。京都府教育委員会の調査結果を基に模型の軒回りには極彩色の文様を施し、壁に黒漆を塗った。銀閣は東山文化の枯淡美を伝える建物として知られるが、大陸の影響を受けた、室町中期の創建時の華やかな気風がうかがえる。

2007~10年にかけて府教委が実施した銀閣の調査、修理事業によって創建当初は2階の外壁と内部には黒漆が塗られ、軒回りは極彩色の顔料が施されていたことが分かった。

銀閣2階東側の外壁の一部(縦2・5メートル、横2・2メートル、奥行き1・5メートル)を、銀閣と同じヒノキ材を用いて原寸大で再現した。調査結果に忠実に、軒回りに亀甲紋や条帯紋などの文様を赤や青、緑の顔料で描き、外壁部分に漆を塗った。制作に1年かけた。

元府教委文化財保護課職員として銀閣を調査した中尾正治・協会総括部長(62)によると、文様の配色は、鹿苑寺(金閣寺、北区)の舎利殿(金閣)が1950年に焼失する以前、舎利殿2階内部の彩色を撮影した写真と模写資料を参考に作製した。

京都大名誉教授の加藤邦男・協会理事長(76)は「一部分の復元だが、魂は細部に宿ると言う。当時の大陸風の華やかさと創建当時の立派な建物の雰囲気が分かる」と話す。近く銀閣寺境内で公開される。

銀閣 極彩色 京の研究者ら 創建時の姿、模型に : 京都新聞.

こまめにメモをして、一応内容も書いておきましょう

最近、新しいシステム手帳を買いました。

とても嬉しいので、よく開いてみています。

でも、予定なんて無いので、手帳は真っ白のまま。

それでも、何とか書くことを考えてメモしています。

ま〜、本末転倒なようなきもしますが、本人が満足しているので、よしとしましょう。

実際に手帳にメモして、役立っているかというと疑問です。

たとえば、何か購入が必要なものを手帳に書きます。

すると、手帳にメモ出来る事がとっても嬉しくて、しっかり記憶に残ります。

だから、手帳をみることなく、買い忘れがありません。

さて、そんな手帳ですが、昨日のことです。

寝ていて、ふと頭に浮かんだことがあります。

さっそく、枕元の蛍光灯をつけて、手帳にメモする事にしました。

いろいろとアイデアが浮かびましたが、さすがにそこまで書く必要なないだろう。

ってことで、そのキーワードだけをメモしました。

そして、朝起きてメモを見ました。

いったいなんだったんだろう。

メモをみても、一体何の事かわかりません。

それに、字が汚くてよめません。

キーワードの一つは、”か”か”ね”かわかりません。

そのため、キーワードは、”かこ”なのか”ねこ”なのか?

実はこのような事は、過去に何度かありました。

いつもキーワードだけ書くのですが、時間がたつと何の事か思い出せません。

いつも詳しく書けばいいのですが、手帳に書くのは嬉しいが、ダラダラ書くのはめんどくさい。

それに、そこまで書かなくても思い出すわ〜って事でキーワードしかかきません。

つまり、自分の記憶力を過信しているってことですね。

もうそろそろ、同じ失敗をして学習したので、今度からは内容も書いておこうと思います。

さ〜、忘れずに、その事を手帳にメモするか〜

でも、面倒くさいな〜

うらやましい?米近海で難破船の「お宝」発見、4000万円相当の指輪も

アメリカのフロリダ州キーウエストで、17世紀のスペイン船に積まれていたとみられるエメラルドの指輪と銀のスプーン2本が発見されたそうです。

いいな〜、指輪。

でも、銀のスプーンってお宝?

それは、ある冬の事です。

会社で、朝は建物のまわりを掃除していました。

季節は秋。

あ〜、何でこんなに、落ち葉があるんだ〜

と、熊手で落ち葉を集めていました。

すると、その中に光ものが・・・

よく見ると、指輪でした。

それも、銀の指輪。

これって、価値あるの?

そこで、ネットで値段を調べてみました。

ガックリ orz

値段的には、数千円(新品の場合)でした。

どうしよう・・・

今の豊かな日本では、この程度の物で警察に紛失届けを出す人もいないでしょう。

届ける方も、警察の質問に答えるのも面倒です。

それに、警察って横柄で、気分悪いし〜

だから、もらっちゃいました。

でも、どこにいったのやら・・・

また、元あったあたりで落としたかも?

さて、今回、価値があるか分からないスプーンと一緒に見つかった指輪です。

私は、物の価値なんてわかりません。

だから判断基準は、値段です。

高ければいいものと、とても単純です。

その発見された指輪の値段は、4000万円だそうです。

うぉ〜〜

いい物のようです。

で、どんなもの?

これです。

えっ、これが4000万円?

私には、夜店のおもちゃの指輪にしか見えません。

でも、くれるなら、喜んでももらいますが・・・なにか?

米近海で難破船の「お宝」発見、4000万円相当の指輪も

米フロリダ州キーウエストで、17世紀のスペイン船に積まれていたとみられるエメラルドの指輪と銀のスプーン2本が発見された。指輪は50万ドル(約4030万円)の価値があるとみられている。

この船はスペインの大型帆船で、1622年9月に金銀を積んでスペインに向かう途中、キーウエスト近海で嵐に遭い難破。現場の海域では1969年以降、引き揚げ会社メル・フィッシャーズ・トレジャーズが調査を行っている。

会社の創設者、故メル・フィッシャー氏の孫で同社広報を担当するショーン氏によると、当時の僧侶や特権階級に属する人は貴重品とともに船の「船尾楼」と呼ばれる場所に滞在しており、今回の発見がまだ見つかっていない船尾部分の発見に近づくものだという。

メル氏は生前16年に及ぶ調査の末、1985年9月に難破船の主部分を発見。これまでに10万枚を越えるスペインの銀貨など40トン以上の金銀を引き揚げており、同社の推定によると、その価値は5億ドル(約403億円)前後に達する。

米近海で難破船の「お宝」発見、4000万円相当の指輪も(ロイター) – エキサイトニュース.